____遠い空を夢見る





白い風が鼻頭を擽っては遠ざかっていく
遮るものすらない眩しい光に瞼を小さく動かした。
目が覚めて、嘗て慣れ親しんだ居場所では無くなっている事が
私の、『こっち』に紛れてしまった私の、初めての記憶_____
「目が覚めたようじゃの」
頭上から掛けられたその声に、鈍い痛みに顔を歪ませながら
声の主をまだ虚ろな目で探した。
薄く色を失った世界の中に、一人分の影が、薄らと形を成している。
「あなた、だれ・・・?」
は恐る恐る、影の方へと問うが、その声は自分でも分る程
掠れて、聞き取りにくいのが分かった。
「小生はお主をここへと導いたものじゃよ」
「ここって・・・?え?待って、此処はどこ・・・!?」
その声の主(目が慣れて姿が確認できる頃には、その主が歳を取った爺だった)が
言った『ここ』を見渡した。


空が、広い___


家もビルも、建物全て見あたらないその風景から、のいた場所とは、遠く離れている
事に違いは無いようだった。
見渡した空間に感じるものは、風の匂いと土の冷たさだけ。
「嘘・・・・」
「さて、早速じゃがの・・・お主の願い、三つだけ叶えてしんぜよう」
これが私と、その『主』との出会いだった_____










薄暗く延びた道をは一人、悠々と歩いていた。
天上に輝くはずの予定だった眩しい月は
今はどす黒い闇に覆われ、本来の輝きを十分に魅せていない。
雲の微かな隙間から漏れる、僅かな線のように
伸びた明かりが、夜道の頼りない道導になっていた。

歳若い娘が一人きりで歩くには、危険過ぎるその道は、
丈夫な格子からぬぅ、と青白い素肌を覗かせる女達の牢屋が
点点と立ち並ぶ歓楽街だった。
の耳に嫌でも入ってくるのは、女達の色媚びた気色の悪い
誘い文句と、薄汚い醜男たちの騒音だけ____
その中に、は顔を全て覆う様に泥で汚した布を被り、
深く顔を襟に埋めて足早に通り過ぎる。
少しでもここの空気にすら触れないように。
男達は女郎達に夢中でそんなになど誰一人気が付かなかった。

まるで獣だ_____
は横目でちらり、その様子を見てはひっそり嘲笑するのだった。
遊郭の並んだ通りを裏道に沿って滑る様に抜け、
は静まったその夜の街に、女の激しい叫び声を聞いた。
「ちっ・・・!」
は自分にだけ分かる程度の小さな舌打ちと同時に
声のした方___裏通りの更に闇深くへと足を向けた。
表通りでは未だ、女達を漁るように男達の野太い声が狂騒していた。