___乙女の必殺




女の叫び声を聞くと反射的に体が動くようになってしまったのは
恐らく女に生まれてきたあたしの本能のせい。
襲われてる女と、見るからに臭そうな髭面のムサイおっさん
どちらが悪そうに見えるかって言ったら・・・

「アンタに決まってるじゃん!」

思い切り勢いを付けて、女の子の必殺パンチ(という名ばかりでただの裏拳)を
男の首の付け根にお見舞いしてやったにより
身長差約30cmもある男は一発K.Oされた。
あまりの見事さに、助けられた女の顔は呆然としていたが、
このような事はもう慣れっこだったので華麗にスルーを決め込んだ。

「大丈夫?」

はへたりと座り込んでしまった女に手を差し伸ばすが、
女は、え?と頭に疑問符を浮かべては、
ようやく事の収拾が付いたのか、
すみません、などと言っては慌しく去っていった。
は、特に嫌な気がしたようでもなく、足元が覚束無い女の
背中を暖かくというか心配気に、だいじょうぶかな?と考えて見送った。

「あら、この男!例の男じゃない?」

陽炎が倒れていた男の顔を覗き込んで、
それが役場に張り出されていた指名手配犯と酷似している事を言えば
へぇ、とは特に興味も無い様子で
「何か臭そうだったから・・・」
と良くわからない理由で男を容赦なく殴り倒した事を漏らした。
陽炎は言葉を失って、美しく整えられた顔に乾いた笑みを浮かべただけであった。
そんな陽炎を見て、
「あ、今の笑い方は割りと好きだ」
が真顔で陽炎に言ったので(今は少年に変装中)
陽炎が「可愛いっ!!」と抱きついてきたのではやっぱりうざっ・・・
と心の中でげんなりしたのであった。


その日の夜、たちは、昼間に捕まえた指名手配犯を役場に
渡し、謝礼金をたんまりと頂いたので、ちょっとばかりご褒美と
銘打って、夜の街を散策しに出歩いた。
は、夜の街があまり好きではなかったが(だってあの女たちの匂いが鼻に付くんだもん)
元々この街の女王だった陽炎がほぼ無理やりといわんばかりに
を引き摺って来たに近い。
そんなに気付いたのか、
「大丈夫よ、女郎の辺りには行かないから」
と困ったように小さく笑って見せた。

は、ホント?と顔を少しだけ明るくさせては、
夜店の流行る商店街を目の色を変えて見渡したのであった。
陽炎を追い越して、小さな耳飾や綺麗な腕輪の置いてある店で
目をチカチカさせながらはしゃいでいる
陽炎は可愛い妹が出来たような気持ちで笑って見た。
「陽炎!見てよ!これ、凄く綺麗だ!」
ほら!と見せた掌に、あまり豪華ではないが、
美しく煌きを放つ、赤い石が揺れる耳飾がちょこん、と乗っていた。
本当に綺麗ね、と陽炎は素直に笑って見せたので、
は少し嬉しくなって、でしょう?と自慢げに笑った。
「これ、陽炎にぴったりだよ」
は嬉しそうにふふっ、と笑ったまま
いくら?と店主に訪ねたりしていたので
陽炎が慌てて
!あたしには何もいらないから!
 アンタが稼いだ金だろ?アンタの欲しい物買いな?」
を制したが、はなんで?と陽炎の言葉を無視し、
金と引き換えにその耳飾を受け取った。

「はい、陽炎にあげる。付けて見せてよ」
無邪気に笑うに、困ったように陽炎が首を振ってみせた。
「でもさ、貰えないよ。あたしはあんたにご飯も食わせて貰ってんだしさ」
陽炎とて嬉しくない筈はなかったが、
自分の為にが我慢したり、やりたい事もやれないような
事になるのだけはどうしても避けたかった。
自分は、に何もしてやれていないから。
命を捧げる、と大きな事を言ったは良いものの、
陽炎は特にの役に立っている訳でもなく、不甲斐なさをひしひしと
感じる一方だった。
陽炎がそんな事を考えていると
「あのさ、あたしがつけて欲しいって言ったんだから、陽炎は付ければいいじゃん」
何がいけないわけ?と溜息混じりにが、強制的に
陽炎の耳を引っ張って、その耳飾をつけた。
それは、陽炎の美しい黒髪に良く生えて、一層高価そうに輝きを見せた。
戸惑っている陽炎をよそに、
は満足そうに、いいじゃん!と笑っているだけだった。

「ごめんね、。あたし・・・」
陽炎が申し訳なさそうに溢したので、
「違うよ、陽炎。
 こういう時は、ありがとう、って言えば良いんだ」
ね?と嬉しそうに顔を傾げた。
陽炎は、自分の胸の奥のほうから、今まで感じた事のない
良くわからない思いがこみ上げて、涙が溢れそうになるのを
必死でこらえた。
「うん・・・。うん、ありがとう。。とっても嬉しいわ・・・」
自然と笑みが浮かんだ陽炎に満足そうに、どういたしまして!と
言って、は別の店に駆け寄って行った。

宿に帰る頃には二人とも、手に収まらない程の収穫品を
嬉しそうに持って歩いていた。
宿が近づく頃、は急に嫌な臭いを夜の香りの中に感じ取った。
嫌な感じだ、これ。
この世界に来てから、は何かが起こりそうになると
それを感覚的に感じるようになった。

風が変わった___
は周りの空気が途端、ピリッと痺れるような感覚に
「陽炎、ちょっとこれ持ってて!」
と抱えていた荷物を陽炎の荷物の上に載せた。
ちょっと!と慌てる陽炎の声も、には届いていないようだ。

どくん、との心臓が跳ねた。
相手に気付かれぬように、ゆっくりと振り向く。
幸い、通りにはまだ人がちらほら居たので、
は自分が、異常な程緊張しているのを
悟られぬようにする事に勤める事が多少出来たように思った。

あれだ。

明らかに普通の町人じゃない。
あれは、殺し屋の空気だ。
は、不規則に上がる息を出来るだけ制御しようと必死だった。

落ち着け!落ち着け!

その男が、の視線から逃れるように、色町の方へと消えていくのが分かった。
気配が消えた瞬間に、は膝の力が抜け、地面にへたり込んだ。
追わなきゃ・・・!
その時には、色町に近づく事を嫌っていたも、
あの男を追うという一心で、頭にも浮かばなかったのだった。

早くしないと、多分人が死ぬ___。

の頭には、今はあの男を止める事で一杯だった。
夜の涼しい風の中に、冷や汗が乾いていくのを感じた。